大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1246号 判決

控訴人 株式会社甚兵衛

被控訴人 中京税務署長

訴訟代理人 伴喬之輔 外四名

田中義雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、補助参加人の主張について。

本件控訴状の記載によれば、被控訴人として中京税務署長のほかに田中義雄が表示されているが、被控訴人として中京税務署長の田中義雄は第一審において被告中京税務署長を補助するため訴訟参加したことが記録上明らかであつて、第一審における補助参加人は特別の手続をまつまでもなく控訴審でも補助参加人として取り扱われるものであるから、右控訴状で田中義雄を被控訴人とした表示は「補助参加人田中義雄」の明白な誤記と認められ、したがつて、控訴人が右誤記を訂正したのはもとより適法である。補助参加人の主張は理由がない。

二、被控訴人が昭和三二年一〇月九日控訴人の滞納法人税金八一二、一三〇円につき差押えていた本件物件を公売する旨控訴人に通知し、同月二五日これを公売処分に付して、補助参加人田中義雄に売却し、同年一一月四日京都地方法務局に嘱託して補助参加人に所有権移転登記を了したことは、いずれも当事者間に争がない。

三、まず、控訴人の右公売処分の無効確認請求につき判断する。

(一)被控訴人の被告適格を欠くとの主張について。

行政処分の無効確認を求める訴と行政事件訴訟特例法所定のいわゆる抗告訴訟とはともに行政処分の効力を争う点において共通しその被告適格について両者を別異に取扱うべき理由はないから、行政処分の無効確認を求める訴は、抗告訴訟の被告適格を規定した行政事件訴訟特例法第三条を準用し、行政庁を被告として提起すべきものと解するのが相当である。

しからば被控訴人が本件公売処分無効確認を求める訴の被告適格を有することはもちろんであつて、被控訴人が被告適格を有しないとの主張は理由がない。

(二)そこで、控訴人が主張する本件公売処分の無効事由につき順次判断する。

(1)  本件公売物件の見積価格が不当に低廉であるとの主張について。

被控訴人が本件公売処分にあたり、本件物件の見積価格を金二、九八三、一四七円と決定したことは当事者間に争がなく、その公売価格が金三、三三三、〇〇〇円であつたことは成立に争のない乙第四号証により認められる。公売における見積価格は、公売格価が著しく低廉となることを防ぎ、最低の公売価格を保障するために設定されるものであるから、見積価格ならびにこれに基づく公売価格が客観的な時価と比べて、著しく低額のときは、右見積価格の決定ならびにこれに基づく公売処分も違法となるけれども、公売の特殊性にかんがみ公売価格は時価を下廻ることは通常の事例であるから、見積価格、公売価格が時価よりも低いということだけで公売処分が直ちに違法となるものではない。これを本件についてみるに、原審証人中村誠三の証言ならびに同証言により成立を認めうる乙第一号証、当審証人谷沢潤一の証言ならびに同証言により成立を認めうる乙第三号証、原審証人梅田孫助の証言を総合すれば、本件公売物件の公売当時における時価は金四、七〇〇、〇〇〇円を下らないものと認められる。

右認定に反する原審証人嵯峨根稔啓の証言ならびに原審証人柳沢勝雄の証言により成立を認めうる甲第五号証の記載は、いずれもその算定根拠を欠く点で採用できず原審証人増田正三の証言により成立を認めうる甲第一号証、同証人山本武雄の証言により、成立を認めうる甲第二号証は右、各証言に照らすと、いずれも本件公売物件が空家のままで任意売買される場合の市価を算出したものと認められるので未だ右認定を左右するに足りず、他に控訴人主張の時価を肯認して右認定を覆えすに足りる証拠はない。

前記被控訴人の決定した見積価格は、右時価と比べると、未だ著しく低いものとはいえず、右見積価格をさらに上廻る価格によつてなされた本件公売処分にはそれを無効にさせる程度の重大かつ明白なかしがあつたものとは到底いうことができない。

(2)  本件公売処分は超過公売であるとの主張について。

成立に争のない甲第一九号証、乙第四号証を比較対照すると、本件差押がなされた昭和三〇年九月一二日当時右差押の原因となつた控訴人の滞納税金額は、本件公売当時の滞納税金額八四一、二六〇円をやや下廻るものと認められるから、本件公売物件の公売当時の価格が前認定のように金四、七〇〇、〇〇〇円を下らないものであるところからして、本件差押ならびに公売処分当時の滞納税額と本件公売物件の価格との間には著しいひらきがあることは明らかである。

被控訴人は、超過公売か否かは、差押にかかる当該国税のみならず差押後公売時までに交付要求のあつた国税、地方税、その他抵当権付債権の総額と、公売物件の価格とを比較すべき旨主張するが、まず超過差押か否かは、差押当時の差押原因たる滞納税額と差押物件の価格との比較において定むべきものであつて、その財産に国税に優先する抵当権等のあるときはその額を財産の価格より控除した金額と徴収国税額とを比較すべきであるが、差押後に交付要求のあつた国税等を判定の基礎となるべき国税額に加算すべきものでなくまた、超過公売か否かも、公売当時における前記差押税額と公売物件価格とだけを比較して判定すべきものと解するのが相当であり、本件差押の原因たる国税に優先する抵当権等のないことは被控訴人の自認するところであるから、被控訴人の右主張は失当である。

国税滞納処分は、滞納税金の徴収に必要な限度において実施することを要し、他に適当な物件があるのにこれを差しおいて滞納税額を著しく上廻る価格を有する他の財産を差押え、あるいは公売することは、違法たるを免れないけれども、滞納者が、他に滞納税額を徴収できるに足りる差押に適当な物件を所有しない場合には、超過公売もまたやむをえないといわなければならない。

控訴人は本件公売当時本件物件以外に換価容易な他の物件を所有していたにかかわらず、被控訴人がこれを知りながら、あるいは調査の粗漏から右物件の存在を看過して、本件公売をしたのは著しい超過公売である旨主張する。原審および当審における控訴会社代表者本人の供述ならびに同供述(原審)により成立を認めうる甲第六号証、成立に争のない甲第八号証の一、二、同第一五号証、控訴会社の商業帳簿であることに争のない同第九号証、当審証人滝川晴之佑の証言を総合すれば、控訴会社代表者である稲井勇造は本件差押の後である昭和三一年四月四日国(所管庁近畿財務局京都財務部)との間で京都市中京区新京極通り四条上る中之町五三七番地の一、宅地四〇坪一合、同地上木造二階建店舗建坪三六坪および店舗建坪二〇坪四合の国有財産につき、代金四、六一四、八〇〇円で売買契約を締結したが、その買受人を稲井勇造名義としたのは、国が同人と右不動産の物納者との間の賃貸借を承継して稲井勇造に賃貸中であつたため、右所轄庁財務部の手続上の指示によつたものであつて、その実質上の買受人は控訴会社であつたこと、控訴会社は前同日契約条項によつて即納金一、六一四、八〇〇円を納付してその所有権を取得したこと、被控訴人(法人税係官)も昭和三二年四月当時同年度の控訴会社の法人税申告についての調査に関連して控訴人が右国有財産払下の内金として金一、六一四、八〇〇円を支払つた事実を了知していたことを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない、しかしながら、前掲甲第八号証の二、同第九号証、受付印の成立につき争がなく、その余の部分の成立は原審における控訴会社代表者本人の供述により認めうる甲第一三号証、同供述、当審証人新保俊一の証言を総合すれば、右売払契約には、買受人稲井勇造が即納金と即納金納付の前日までの貸付料を支払つた後所有権移転登記をする旨の約定があつたが、同人が右貸付料の支払いをしなかつたために、本件公売当時未だ所有権取得登記を受けることができず登記名義は依然として国であつたこと、右売買契約条項によると売買代金残額は昭和三二年以降同三六年まで毎年三月末日に分割弁済すべきものであり、また、同人が本契約上の義務を完全に覆行しないときは原因の如何を問わず国は無条件で本契約を解除することができる旨の約定があつたところ、稲井勇造は昭和三二年三月三一日に納付すべき第一回延納金六〇〇、〇〇〇円を本件公売処分当時未だ納付しないまま、昭和三二年九月中頃より右不動産を賃借人に売却する交渉を進めており、本件公売の通告を受けた直後、控訴会社代表者稲井勇造は被控訴人徴収課係官に対し右売却代金によつて本件滞納税金を完納する予定であることを説明して公売処分の延期を申人れたことが認められる。したがつて、被控訴人としては右の如く未だ権利関係が最終的に確定せず、国の所有名義となつている右物件(かりにこの価格が本件公売物件の価格より低いものであるとしても)を調査探知したうえ、控訴人の所有財産として本件滞納処分の対象に選択すべき義務はないから、控訴人の右主張は理由がない。

また控訴人は、本件公売物件の土地と建物とを分離し、建物のみの公売をもつて本件滞納税額を徴収しうる旨主張するが、原審証人増谷正三、当審証人佐々木康介の各証言に照らすも建物のみの分離公売は、通常の場合極めて困難であり、かつ建物の公売価格が極めて低廉なものになることが予想される。本件についてこれを見ても、先に認定した本件公売物件の見積価格が金二、九八三、一四七円である事実に前掲乙第一号証を合せ考えれば、敷地使用権の存在を前提とする本件建物のみの見積価格は金八六六、一四七円であるから、建物だけの分離公売によつた場合の本件建物の見積価格したがつて、その公売価格はこれより相当に低落せざるをえないことは経験則上明らかであり、また、成立に争のない甲第一三号証によると、被控訴人は本件差押の後である昭和三一年八月七日本件滞納税金の一部につき控訴人所有の動産類を差押えたことが認められるが、原審証人佐々木康介の証言によると、右動産類の価格は金二〇、〇〇〇円程度のものにすぎなかつたことがうかがわれるので、控訴人主張のように、前記建物のみの分離公売あるいは、これと前記動産類の公売とによつて、本件公売処分当時の前記滞納税額金八四一、二六〇円を充分に徴収できたものとは認め難い(なお右、動産類の差押は本件公売処分の翌日解除されたことが成立に争のない甲第一四号証によつて明らかである。)してみれば控訴人には本件公売物件以外に公売に適当な物件がなく、また、本件土地と建物とを一括公売に付することも本件滞納処分においてはやむをえない事情があつたというべきであるから、被控訴人が前記滞納税額を著しく超過する本件土地建物を一括差押えのうえ公売に付したことが、これを当然無効とすべきかしがあるとすることはできない。

(3)  公売処分が権利の濫用であるとの主張について。

控訴人が本件公売処分の通告を受けた直後被控訴人に対し、国から払下げを受けた前記不動産を換価して本件滞納税金を完納することを申入れて公売処分執行の猶予を申出てたことは、先に認定したとおりであるが、被控訴人が控訴人の申入れを承認して一ケ月間の猶予を与えた旨の控訴人主張に副う原審ならびに当審における控訴会社代表者本人の供述は原審ならびに当審における証人佐々木康介の証言に照らし借信しがたく、かえつて右証人佐々木康介の証言によると、被控訴人は控訴人の右申入れを拒絶したことが認められる。もつとも前掲申第一二号証当審証人新保俊一の証言、原審ならびに当審における控訴会社代表者本人の供述を総合すれば、控訴人が、本件公売処分の直後である昭和三二年一一月二九日頃右払下不動産の滞納使用料ならびに延納金残額を完納して、同年一二月三日稲井勇造名義に所有権移転登記手続をし、同月二五日新保俊一に対し、その一部を金二、二五〇、〇〇〇円で売却したことが認められるので、控訴人が被控訴人に対し前記公売処分の猶予を申入れた当時、右不動産換金の見込は一応あつたものと推認せられるけれども、他方、原審における控訴会社代表者本人の供述によると、控訴人は本件差押後二年間にわたり公売処分を事実上猶予されていたことが認められるし、その間控訴人に滞納税金の早期納入につき、誠意を欠いていたことが当審証人佐々木康介の証言によつて認められるから、本件公売処分の通告後にいたつて前記不動産の売買交渉中であるとの理由で控訴人から申出てた公売処分の猶予方を被控訴人が拒絶して本件公売処分をしたとこは無理からぬものというべきである。

その他控訴人主張の事由をもつてしても、控訴人の本件公売処分が権利の濫用であるということはできない。よつて、本件公売処分の無効確認を求める控訴人の請求は失当として、棄却すべきものである。

三、つぎに、控訴人の本件公売処分の取消を求める訴の適否につき判断する。

本訴が旧国税徴収法所定の再調査および審査の決定を経ないで出訴されたものであることは控訴人の自認するところである。

そこで、控訴人に同法第三一条の四第一項但書に定める訴願前置を排除するに足りる正当事由があるか否かを考察する。まず、控訴人は、本件公売処分の執行にあたり本件公売物件の評価は大阪国税局評定官の調査の結果その指導により被控訴人が決定したものであるから、同法所定の再調査や審査の請求をしてもその実効を期待できないことが容易に推測せられるので同法第三一条の二第一項但書の規定の精神からいつても、法は、このような無意味な行為を要求するものとはいえず、したがつて、本件では訴願を経ずして出訴しうる正当事由がある場合にあたる旨主張するが、控訴人主張のように本件公売物件の評価につき、同法第三一条の二第一項但書に該当しない国税局職員による指導がなされたとの一事により、同法所定の再調査または審査請求の結果が予想され、これをすることが無用に帰するものとは考えられないからこれをもつて訴願前置を排除するに足りる正当事由とはなし難い。

控訴人はさらに、再調査、審査決定を経ることにより著しい損害を生ずるおそれがあると主張するが、仮りに、補助参加人の申請により本件物件明渡断行の仮処分命令が発せられるおそれがあり、それがため控訴人が営業の本拠を失い回復しがたい損害が生ずるおそれがあるとしても、右損害は公売処分に基因する損害であつて、訴願手続を経るによつて生ずる損害とはいいがたく、また控訴人主張のように本件の最終的救済が訴願による行政救済制度によつて達しえないからといつて、このことから直ちに訴願手続を排除できるとする理由はなく、さらに控訴人主張のように再調査および審査請求の決定に相当の期間が予想されるということだけでは未だ右正当事由があるとはいえない。

結局、本件には、旧国税徴収法第三一条の四第一項但書所定の事由があるとは認められないから、本件取消の訴は訴願を経ないで出訴した不適法の訴として却下すべきものである。

四、よつて、控訴人の請求を排斥した原判決は結局相当であつて、本件控訴は理由がないから、民訴法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 斎藤平伍 兼子徹夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例